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スウェーデンコラム「瑞筆」

第8回 太陽の季節 初夏/島田晶夫

スウェーデンの人はみんな夏の太陽が大好きである。
これはスウェーデンに限らず、北欧や北ヨーロッパの人なら大体はそうであるのだが、冬の間に浴びることの出来ない太陽の日差しをこのときとばかり一身に浴びようと、僕などからみているとまるで光合成でもするかのごとく外で日光浴をしているのだ。

春から初夏にかけ、徐々に日が長くなり、5月も下旬になると花も次々咲き始め、緑も美しい季節となる。青空の下、椅子やベンチ、ビーチベットなんかを引っ張り出してきて、本を読んだり、お茶を飲んだり、ただただ日光浴をしていたり、と思い思いにくつろいでいる人たちを見ていると、こっちまで一緒にごろごろしてみたくなるから不思議なものである。

しかし、この寝転がっている人が相当な数なのである。休日ともなれば「こんなに人がいたっけ?」と訝しくなるほど、わらわらとどこからともなく出てきて、庭やら家の前やら木の下やらで日光浴している。
ただ寝ているだけと言うよりは、出来ればこんがりときれいに日焼けもしたいと言うのが本音であり、中には全面、表も裏もムラなく焼きたい人もいるので、自分の庭がある人ならば、男性でも女性でもオールヌードでビーチベットに寝転がっているのもそう珍しくはない。これは習慣の違いと言えども、なかなか刺激的な光景であり、刺激的だと思うこっちが悪いとはわかっていながら、色々な意味で胸が高鳴るのであった。ただ、一つ付け加えておくと、このように「見たきゃ見れば」的に寝転がっている人の多くは、ある程度の齢を重ねていらっしゃる方々、はっきり言うと、中高年以上の人なので、あまり見たくはない的状況の方がはるかに多かったことも事実である。

休日に限らず、職場や学校でも昼休みともなれば、外のちょっとしたスペースや庭などに並んで、あっちでもこっちでもみんなで寝転がっている。さすがにビーチベットとはいかないものの、ちゃんと敷物にするために毛布を持参しているのだからさすがである。
こんなにも熱心に小麦色を目指しているのに、肌の種類ともいうべきか、白い肌は赤くなるのがやっとのようで、思っているようには黒くならないようである。僕などは、別に焼こうと思って焼いたわけではないのに、「典型的日本人麦茶色焼け」とも呼べるくらい真っ黒になってしまうので、ずいぶんと羨ましがられた。

さて、こうして外で過す時間が長くなると、僕たちのパーティもバーベキューが主流になる。何日も前から計画すると言う大掛かりなものもあるけれど、それよりは、なんとなく「今日はバーベキューでもすっか。」くらいの軽いノリで、仲間4,5人で適当に始めるものも多かった。
買い物する人、火を起こす人、ソース(たれ)を作る人などにわかれ、いざ鉄板で焼き始めると、においを嗅ぎ付けてくる人、通りすがりに見つけてくる人など、それぞれに自分の焼きたい肉やら魚やらを持って加わってくる。気が付くと結構な人数になっているのもしょっちゅうだった。大体はおなかがいっぱいになると、最後の締めはマシュマロである。串に刺したマシュマロを火で軽くあぶり、焦げ目が付くくらいで食べるのだが、甘みが増して、これが意外にいけるのである。大皿たっぷりにマシュマロを用意しても、瞬く間に売切れてしまう。興味のある方はぜひお試しいただきたい。

ところで、スウェーデンには炭は無く、薪で火を起こし、それをややしばらく燃やして置き火になったところで鉄板をかけるというのが普通である。
この鉄板を見ていると焼きそばが無性に食べたくなり、アジアンショップ(アジアの食材を売る小さな店。ヨーロッパだとちょっと大きな都市にならほとんど必ずあり、インスタントラーメンなども手に入る)で卵麺を買い込み、ウスターソースやらケチャップや、オイスターソース、スパイス類などを適当に混ぜてそれっぽい味のソースを作り、試してみたところ、ものすごくおいしく出来てしまったのだ。友人たちにも好評で「これはなんという食べ物か?」と聞かれたので「ジャパニーズパスタ」と適当に答えておいた。いい加減である。しかし、それ以来事あるごとに「ジャパニーズパスタ、食わせてくれよー」とリクエストされ、一度など20人前くらい作って食べさせたことがあった。作っても作ってもみんな「うまいうまい」などと言いながらどんどん食べてしまうので、さっぱりこっちの分が残らなかったけれども、焼きそばのおいしさを世界で認めてもらえたような、なんだかいい気分になってしまい、せっせっせと作り続けていたのだった。
ちなみにお好み焼きも作ったことがあったが(長イモなんかが手に入らないので、もどきっぽいものではあるが)、これも大変に好評であり、「これはジャパニーズピッツアである」と言うと、みんななるほどなーとばかりに真剣にうなずいていた。
こうして思い出してみても、結構うそばかり教えていたのかもとちょっと胸が痛む。しかし、正確にはなんと訳すのが正解なのだろうか?きちんと調べようと思いつつまた月日は流れそうである。

夜は長いので、夏至の前後にはこうして一通り食べ終えたところで、気が向くとみんなで海に泳ぎに行った。僕たちのいた学校から海までは来るまで5分という距離であったので、気軽にいつでも泳ぎに行くことができた。北欧の海、というと寒そうなイメージだが、ちゃんと水温も上がり、北海道の海よりも暖かいくらいだった。
みんな長々と泳ぐわけではなく、ざぶっとひと泳ぎしたらものの15分くらいで引き上げてくる。暑い日だと、授業中でも「よし、ひと泳ぎしてくるか」と先生自ら言い出して、ぞろぞろと海に出かけては、ほんの5〜10分泳いでまた授業に帰る、というラフさだった。
泳ぐといってもただの海なので、更衣所などはもちろんない。その場で着替えるか、男どもはすっぽんぽんで海に入っても平気な顔である。女の子はさすがにそういうわけにはいかないので、「今日は暑いな」と思ったら服の下に水着を着込んで来る人が多かった。泳ぐ気満々なのである。

さて、夏至も過ぎるとヴァカンスのシーズン到来である。太陽を求めてギリシャやスペインまで行く人、田舎のセカンドハウスでのんびり日光浴する人、過ごし方は人それぞれだが、どちらにしても休日の最後の最後の日まで、きっとみんな日光浴をして過しているに違いない。個人的に暑いのが苦手な僕には、スウェーデンの快適な夏ほど良いものはないと思うし、黒くなって羨望のまなざしで見られるなら、またスウェーデンで光合成してもいいかな、と思ってしまうのである。

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Columnist Profile
島田晶夫さん
1971年北海道苫小牧市生まれ。
1995年国立高岡短期大学産業工芸学科木材工芸専攻(富山県)卒業後、(財)スウェーデン交流センター(当別町)木材工芸工房の研修員として在籍。 1997年スウェーデン・カペラゴーデン手工芸学校 家具&インテリア科に留学、2000年スウェーデン・OLBY DESIGN(株)入社。 2001年帰国しDESIGN STUDIO SHIMADA設立とともに(財)スウェーデン交流センター木材工芸工房主任研修員として活躍中。
展覧会として、2002年第15北の生活産業デザインコンペティション入選・個展ギャラリーたぴお(札幌)、2003年グループ展(三越倉敷支店)、2004年2人展コンチネンタルギャラリー(札幌)、暮らしの中の木の椅子展入選。


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