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スウェーデンコラム「瑞筆」

第3回 田園空間博物館/深井せつ子さん

「エコミュージアム」という環境運動があります。フランスで起こり欧州中心に広がりつつあるものですが、スウェーデンではたいへん活発だということを以前から聞いていました。これだけ自然環境に恵まれた国の環境運動というのはどういうものなのでしょう。 南スウェーデンの古都・ルンドを訪ねることになっていた私は、そのリーダー的存在の人に案内していただくチャンスに恵まれることになりました。ルンド大学で生物学を教え、退官後はボランティアで環境運動をしているというM女史という人物です。

9月初めの早朝、約束の時間、8時ぴったりにM女史はあらわれました。60台後半かと思われる彼女は、細身、銀髪、眼鏡という、いかにも研究者らしい雰囲気のあるひと。でも、なぜか手にピクニック用の大きな篭(バスケット)をさげています。なんだろうという顔をする私に「手作りのケーキとコーヒーを持ってきたんですよ」とにっこり。研究者は、拍子抜けするほどの優しい人柄の女性でもありました。

Mさんに従って大学の建物の中に入ると、環境保護運動の事務所がありました。そこで、ルンドにおけるエコミュージアム運動や、今日歩く地域についての話を、約一時間受けて、出発。最初の観察地点はケーヴリンゲオン川の河口です。蛇行する川が海にまさに注がれんとする場所に見張り台のような観察塔が建っていました。細い梯子のような階段をよじ登って観察塔にあがると、視界は360度いっぱいが森と川と草原の大地。川が海に注ぐ様子を、はっきりと見ることができます。バルト海からの風はかなり強く冷たく感じるのですが、Mさんは、それをものともせず熱心に川の環境について語ってくれました。

その後、Mさんは計画実現中の区域、または構想プランの区域を次々と案内してくれました。私の目からは、すでに環境保護区のような汚れのない風景に見えるのですが、生物学者の目には、ここもあれもと観察や改善をしなければならない場所があるわけです。

水質管理、野鳥の生態調査などなど。手作りケーキでのコーヒータイムでも仕事の話は留まることがありません。

いったい何人くらいのメンバーで活動しているのか聞いたところ、構想プランによっては自分ひとりの場合もあるということです。スウェーデン内では、百人単位のボランティアが活動しているところもあるそうですが、ルンドはまだまだこれからとのこと。

夕刻になって、元農園主の庭園を見学することになりました。代々長男が家を継ぎ、何百年も続いてい、現在も当主が居住中ということですが、現代のスウェーデンではあまり例がないといっていいでしょう。たいていは昔のままのすがたで博物館になったり、公共施設として存在していたり、または邸宅がホテルとして経営されていたり。

門から中へ入っていくと、屋敷も庭園も見事なものでした。その庭園の一部がパブリックに開放されていて誰でもが散策できるようになっていました。

美しい庭園の中で映画の主人公になったような気分で歩いているとき、Mさんは「この屋敷もいずれエコミュージアムにしたいと考えています」とぽつりと語ったのです。

私は、飛び上がるほど驚きました。えっ、だって、ここは、現にこうして持ち主が住んでいるのに、と。

しかし、各エコミュージアムは、発起人の発想によってそれぞれ持味が違うということも以前聞いていました。今日彼女が熱心に語ってきたことは、川や森の保全、野生動物や鳥などの環境保存、建物などの保存・復元、農村風景の維持などなど。それらをすべて繋いでゆくと、つまり、M女史が目指しているものは、人の住む屋敷も田園も川も森も含めた、動物・植物・鳥・魚・虫など生きものすべてトータルした「田園空間ミュージアム」なのだ、ということに私はようやく気がつきました。

田園全体をひっくるめて博物館にするとは、なんという壮大な計画なのでしょう。前をゆったりと歩く細身の彼女のどこにそんなエネルギーが潜んでいるのでしょうか。途方もなくスケールの大きい計画に果敢に挑むMさんに、私は、あらためて生物学者魂を感じる思いがしました。

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Columnist Profile
深井せつ子さん
神奈川県出身。画家。
北欧各地の清涼な風景に強く惹かれ、北欧行を重ねている。個展や絵本をはじめとする著書も北欧をテーマとしたものが中心。近著に「デンマーク四季暦」(東京書籍)、「小さな姫の勇気の教え」(KKベストセラーズ)、「北欧ヒーリング紀行・森の贈り物」(大和出版)。スウェーデンハウス株式会社のカレンダーは、隔年で制作担当。日本北欧友の会会員、日本スウェーデン文学協会会員。


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