スウェーデンコラム「瑞筆」

Column 深井 せつ子さん
「Lilla torg」

10. ゆるやかに生きる

ある年の夏、スウェーデン中部の田舎を車で旅していました。
ベリスラーゲンというこの地域は、かつて鉄鉱石(いわゆるスウェーデン鋼)の鉱山を中心に製鉄業で隆盛をきわめたところ。

運河沿いに走っていると、大きな木造の小屋の前で数人の老人たちがたき火を囲んで話し込んでいました。時折笑い声もして、なにやらとても楽しそう。大きな車輪のようなものが見えたので近付いていくと、まるで「ようこそ」と言わんばかりに、こちらに笑顔を向けてくれました。

車輪は木製でとにかく大きい。直径数メートルはありそうです。いったい何を作っているのか問うと、水車の歯車だとの答え。なんでも、目の前の石造りの古い建物は運河の上にかかっていて、かつてその中で何台もの水車が回り、鉄を精錬していたとのこと。その歯車を復元制作しているのです。歯車が全部出来上がったら、今一度稼動させるのだと言います。もちろん、かつてのように産業用にではなく、文化遺産という意味で。彼等はかつて関連産業に従事していた熟練者ぞろいで、老後に復元に取り組む郷土愛好会のメンバーなのでした。本人たちにとってもたいへんな楽しみである上に、この復元は地元の人たちにも自慢の計画で、たいへん期待されているそうです。

「いつごろ出来上がる予定ですか?」と聞くと、

「さあ、なにしろ大きいのでねえ。うーん、私が生きている間にできるかな?」とおどけられてしまいました。

実際、期限というのははっきりしてないようです。ゆったりのんびり。壮大な計画に取り組む彼等は、自分の死さえも計画の中のひとつの出来事、ととらえているかのようです。それほど大きな活動であるのに、目の前の偉丈夫な老人たちはくったくがなく、まるでいたずら少年が集まって遊んでいるかのようにみえました。
「まだ、いろいろあるんですよ」と、他の郷土の活動を教えてくれました。

ひとつは、溶鉱炉愛好会。19世紀からの溶鉱炉の鍛冶場に入ると赤々と釜の火が燃えていて、老人の鍛冶職人が力強くハンマーをたたいていました。聞くと、50年以上も前に工場は閉鎖されていて、今は教育・観光用として、一部のみ再開しているとのこと。金具や燭台を叩いていても、本当に生産をしているわけではないのですが、職人は筋金入りの元鍛冶職人。本物です。

もうひとつは、なんとも素敵な建物愛好会。伝統的な民家を保存するため各地から集めて移築し、それを保存・展示をしているのですが、街道沿いにあるので、カフェや土産物屋を開きドライブインにもなっています。ここで働く老婦人たちは、民族衣装である白いブラウス、赤いベスト、そして裾の長いスカートにエプロンというコスチュームでいそいそと仕事に励んでいました。その姿はなんとも愛らしくロマンティック。 年を取ってリタイアしてから、こんなに楽しい生活ができるなんて!

この国では、働ける者はたくさん働いてたくさん税金を納める。けれども、ひとたび病に倒れたり、年を取って現役をリタイアすると、生活の心配を抱えずに地元で安心して暮らすことができます。

特にここで会った郷土活動の老人たちは、仲間同士の楽しみの範囲にとどまらず、知恵者として伝承者として、人々から必要とされ感謝される存在になっています。それを目の当たりに見て、実にうらやましくなりました。

imageいまでも時々思い出します。

あの森の中の老人たちは今日も水車の歯車を作っているのかな、あのカフェのエプロン姿の老婦人たちは、いそいそと今日も働いているんだろうか。

私も、あんな風に楽しそうな、キュートな老女になりたい。

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深井せつ子さん

神奈川県出身。画家。
北欧各地の清涼な風景に強く惹かれ、北欧行を重ねている。個展や絵本をはじめとする著書も北欧をテーマとしたものが中心。近著に「デンマーク四季暦」(東京書籍)、「小さな姫の勇気の教え」(KKベストセラーズ)、「北欧ヒーリング紀行・森の贈り物」(大和出版)。スウェーデンハウス株式会社のカレンダーは、隔年で制作担当。日本北欧友の会会員、日本スウェーデン文学協会会員。

「Lilla torg」 水彩画家であり北欧エッセイストの深井せつ子さんが北欧の姿、エピソード、思いなど、目と心を通してその魅力を書き綴ります。旅行などでは気づくことのできない北欧が見えてきます。 ※「Lilla torg(リラ・トーリ)」はスウェーデン語で「小さな広場」の意。首都ストックホルム市から飛行機で1時間ほどにある南スウェーデン最大の都市マルメ市。この街の14世紀に作られた聖ペトリ教会の近くに中世の趣を残す木造の建造物がいくつか残されている広場が、この「Lilla torg(リラ・トーリ)」です。

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