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スウェーデンコラム「瑞筆」

第2回 1995年 夏期スウェーデン語講座(初心者コース)/高津雅子さん

 夏期語学講座はスウェーデン政府の教育機関、スウェーデン文化交流協会(SI)が主催するもので、夏休みの国民高等学校の空き教室と宿舎を利用して、たいへん安い費用で勉強させてくれます。申し込みにはスウェーデン語で講習に参加する理由を自分で書き、先生の推薦文を添えることも必要です。今回の初級者対象のAコースの場合スウェーデン語を100時間学んでいるという条件があります。私の場合は二年半で160時間くらいだと思います。それから何らかの選考を経て参加が許可されました。

講習参加費 7200kr(当時1kr=12.5円)
※参加費には食費・滞在費・バス代・教材費など講習中のいっさいの費用が含まれている
※一人部屋を希望すると500kr追加料金   当時航空券 約140,000円

講習が行われるのはストックホルムから急行列車で5時間北へ行ったところマールン(Malung)という地方都市で、スウェーデン国内からも多くの人が夏の休暇を過ごすために訪れるたいへん美しいダーラナ地方にあります。 そこまで自分一人でたどり着き、初めて会う外国の人たちと一緒に3週間過ごさないといけない・・ということに不安がないではありませんでしたが、夢にみたスウェーデンに行けるという事の嬉しさが気持ちを楽観的に前向きにさせてくれました。
夕方、SASの飛行機でストックホルムに到着。ここからはもうスウェーデン語の世界。初めての土地で何から何までわからないのに、全てスウェーデン語か英語で尋ねなければならないわけです。しかし、それもこれもすべて勉強です。

駅でもないのに列車が国民高等学校の前で止まり、語学講習の先生達が迎えに出ていました。まわりを見ると、同じ電車に乗っていた他の生徒たちもたくさん降りていました。
ヘイ!とあいさつをして、まずそれぞれの宿舎に案内されました。生徒は4つの宿舎に分かれ、一部屋に二人ずつ入ります。案内された部屋は白木の色を基調にした、いかにも北欧らしい、感じの良い部屋でした。ルームメイトは次の電車でくるらしく、Annetteという名前だけが部屋のウエルカムフルーツに付いていたのでわかりました。ここで初めて日本人女性3人と出会いました。Anetteとも夕食の前に会い、挨拶を交わしました。彼女はドイツから来た32歳で、福祉にかかわる仕事をしています。落ちつきのある、おとなしそうな人です。

授業の初日はクラス分けテストでした。その結果、クラス3に入ることになりました。もうひとり日本人が一緒です。
クラスは1から4まで分かれて、10〜11人ずつで授業を受けます。
クラス3の内訳は、<日本2人・ドイツ4人・スイス2人・イギリス1人・ベルギー1人・エストニア1人・フィンランド1人>という、女性5人・男性7人の12名のクラスでした。

授業は全てスウェーデン語で行われます。基本的に生徒も全てスウェーデン語でという事になっています。しかし、当然全てがわかるというわけにいかないので、わかる言葉で誰かに尋ねなければなりません。悔しい事にドイツ語を話す人がほとんどで、先生に尋ねることまでドイツ語でということも起こりました。日本人組はドイツ語がわからないので 英語でしゃべってくれる?とクレームを言いますが 仲間内で話すときは圧倒的にドイツ語が流布していました。他のクラスでもそのような事は起きていて、非ドイツ語族にはたいへん不評でした。
講座全体で42人、内訳はドイツ14、オランダ3、ベルギー2、イギリス4、エストニア3、スイス3、アメリカ2、ロシア1、イタリア1、スペイン1、中国1、フィンランド1、フランス1、ポーランド1、そして日本人4。
日本人の参加者は、文法は一通り勉強しています。しかし、会話に関しては不十分です。それに対して、ドイツ人は地理的に近いのでスウェーデン語の準備があまりなくても気軽に来ているようです。さらに、ドイツ語はとてもスウェーデン語と似ているので彼らにとっては取り組みやすいようです。

授業の内容は、発音・会話の技術的な事はもちろんですが、新聞の記事・テレビのニュースから 1995年当時のフランスのタヒチでの核実験再開のこと、ボスニア問題について読み取り・聞き取り、その他に自然のなかで楽しむ事、文学、海外援助、民族伝統文化などなど・・・・スウェーデン語を話せるだけではついていけないものです。しかし、とても興味深い事ばかりでした。
他にも、いろいろな社会施設の見学がありました。老人の家、保育所、障害者の会社、教会、アルコール依存症者の施設、警察など・・・・。そして、見学の報告をグループで書き上げます。スウェーデン語のへたくそな外国人が寄り集まって相談するのですから、どの宿題より一番難しかったといえます。このSI語学講習は、外国の人にスウェーデンを理解してもらうのが目的です。彼らは、本当に理解してもらうには、言葉を教えるだけでなく文化を知ってもらわなければ・・・と考えています。そのため、午後の授業には、さまざまなスウェーデンの伝統的行事に参加したり、美術館を見学したり、民族ダンスをしたり、民族音楽を歌うなどをしました。また、湖にいきカヌーを漕ぐ、泳ぐ、焚火を囲んでソーセージを焼く、森でブルーベリーを摘む・・・これもやはりスウェーデンの文化です。

毎日のスケジュールはとても忙しいものでした。授業もハードなものでした。
そのため、自分の出来の悪さに落ち込む人、ホームシックになる人、体調を崩す人、張り切りすぎで疲れる人など、多くの人がちょっとしたスランプを経験していたようです。私の場合は、こんな遠くにわざわざ来たのだから・・・もったいないという経済観念が働いて、力をセーブしていたので、3週間無事に過ごせました。
42人の生徒たちは、4つのクラスに分かれ、4つの宿舎に住んでいました。
クラス分けと宿舎割りは別なので、授業で一緒の人と、宿舎で一緒の人は違います。それで、より多くの人と話をする機会が生まれました。日が経つにつれ、グループが出来てきます。年齢別グループ、・国別グループ、・母国語類似グループ、という具合に。
生徒たちの年齢は60代・・・1人、 50代・・・3人、 40代・・・4人、30代・・・8人、20代・・・28人でした。

わたしたち非ドイツ語族は、よくキッチンでコーヒーを飲みながら宿題をしていました。そんなときもお互いに共通言語のスウェーデン語で質問をし合っていました。それがとても良い練習になりました。隣のノートをのぞいて、ロシアの文字に感心したり、日本文字を不思議そうに見つめられたり。日本と中国は同じ言葉を話すの?という質問に漢字・ひらがな・カタカナの違いを説明したり、ナタリアという名前を漢字で書いてとリクエストされて頭を悩ませたり。文化の違いを互いに楽しく理解する事ができたと思います。この拙いスウェーデン語での国際交流がなんともいえず楽しいもので、帰国後もイタリアのヴィットーリア、ドイツのタチアナと文通が続き、2005年に再び語学講習に参加することになりました。

次回は『2005年夏期スウェーデン語講座(中上級コース)』です。

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Columnist Profile
高津雅子さん
北海道出身。1957年生まれ。 北海道大学教育学部で発達心理学を専攻。エトワール海渡(株)勤務後結婚。
1993年から横浜朝日カルチャーでスウェーデン語講座を受講する。
1995年 SI(Svenska Institutet):スウェーデン文化交流協会の外国人向け夏期スウェーデン語講座初級受講。
2005年 同 夏期スウェーデン語講座中・上級を受講。
2006年〜(財)スウェーデン交流センター スウェーデン語講座講師。 スウェーデンの手工芸をきっかけに横浜、大阪、札幌でスウェーデン語を学習。スウェーデンの絵織り・フレミッシュ織りやマット織りを修行中。


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