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スウェーデンコラム「瑞筆」

第1回 出会い/本田倫子さん

「ニッケルハルパを弾きます」と言うと、いつも数回は聞き返される。
「え、何?ニッケ・・・ハイパー?ハイターですかぁ??」
いえいえ、ハイパーでもハイターでもなく、ニッケルハルパです。
知名度の低い楽器だし仕方ない。スウェーデン語になじみがなければ尚のこと。
ニッケルハルパとは、日本語にすると「鍵盤付バイオリン」。
50クローネ札にもデザインされているけど、実はスウェーデンでも一般的な楽器ではなく話題にすると「ああ、あの楽器ね・・・」と答える目が遠くに行ってしまうこと多々。

このニッケルハルパ、ウップランド地方に伝わる楽器で、鍵盤部分を押して音程をとり、バイオリンのように弓で弾いて音を出す。
音に共鳴して響く弦のおかげで、お風呂で歌う時のような絶妙なエコーがかかって弾くと気分良くなる。

そんな楽器に私が出会ったのは、あるステンマでのこと。
ステンマとは、伝統音楽の参加型フェスティバルのようなもの。
ステンマは、夏を中心に、周囲に店も何もない山や草原という自然たっぷりの場所で開催される場合が多い。
数日続く規模だと、参加者はテントをはり、体は湖で洗う・・・なんてことも。
縦に長いスウェーデンの中部あたりなら、夏は午前1時、2時でやっと暗くなり3時過ぎには日が昇る。日が落ち、そろそろ寝ないと・・・と思ううちにすぐ明るくなるので「ま、いっか!」とつい時間を忘れて朝になってしまう。
ステンマでは、そうやって演奏しては踊り、飲んではまた弾き・・・と夏を楽しむのだ。

さて話を戻して、その時はまだニッケルハルパではなく、バイオリンを持って参加していた。目指すはストックホルムから北へ300kmほど行ったデルスボ。
このステンマは今年で100周年。伝統的でこじんまりしていると、スウェーデン人の友人が車で連れて行ってくれたのだ。(以前、アイルランドの伝統曲が好きだった私は、日本で知り合ったこの友人がきっかけでスウェーデンの伝統音楽を知り、それ以来スウェーデン一色になってしまった)
自然のど真ん中を目指していくので目的地周辺になると地図は役に立たない。湖と教会側の時計台を目印に「この辺かな。あっちかも」とウロウロ。途中、人に聞きながら到着。
ボートを降り、湖から歩いて演奏する行列にちょうど出くわしたので、そのまま行列について行った。一面見渡す限り草原と森が広がる。
あちこちでピクニック用のテーブルセットやシートを広げ、草の上に横になっている人もいる。
私も友人が用意してくれたパンにバターを塗り、チーズ、ハム、レタスをのせ頬張る。まずは腹ごしらえ。食欲が満たされると、早速楽器を取り出し1曲、2曲と友人達と弾き始めた。弾いていると知らない人が参加してきて演奏する輪が次第に大きくなっていく。
曲の合間に自己紹介する人もいるし、演奏中にそっと輪から出て行く人もいる。
こうして見ていると、基本的なルールはすぐに分かる。
演奏したい人が「この曲知っている!」と思えば、にっこり笑って近づき一緒に弾くだけ。そこに言葉は要らないし、上手い下手も関係ない。

しばらくして友人は「ちょっと他もうろうろしてくる」と言い残し、楽器を手に去っていった。
それでは私も、と楽器片手にウロウロ。ここはなだらかな丘になっている。てくてくとバイオリンを脇に挟んで暑い日差しの中、丘の上まで登りふーっと一息つくと、目の前の集団に目が留まった。
この集団は全員が奇妙な形の楽器を手にして輪になって弾いている。音色はバイオリンに似てなくもないが、もっとふわっと空気に溶けていくような透明感のある音。
あれが・・・CDで聞いた、あのニッケルハルパかな?とピンときた。それまでアーティストが演奏する変わった楽器というイメージだったので、ごく普通にみえる人々(失敬!)が弾いているのを見ると、ちょっとした衝撃。(後で知ったのだけど、“普通”じゃなかった。チャンピオンに3度なったプーマや、この世界で神様的存在のサルストレム一家だったのだ)
しばし足を止め側で聞いていた。気付くと友人が横にいた。「ニッケルハルパね!」

この友人に興味本位で「どうやって買うの?」と聞いてみた。この楽器は直接職人にお願いして作ってもらう。一つください、と楽器店で買うことはできないのだ。
友人は「私の知っている職人さんなら2年待ちね」と言う。ふーん、2年あったらお金をためられるかもしれない。
「じゃあ、2年待つ」と言ってしまった、つい。考えるより先に言葉が・・・。
すると「そう!そんなに欲しいなら、私がちょうど2年前に注文したのがもうすぐ出来るから先にどう?値段も2年前の料金で、今注文すると、値上がりしたから5万円くらい高くなるよ」と言うではないか。「今ならお買い得」なんて言われたら、ねぇ。
という訳で、数ヶ月後手にしていました。
ほとんど勢いで買ったこの楽器。こんなにハマって、さらに留学まですることになるとはこの時は思いもしなかった。

昔々、楽器には悪魔が宿り人を踊らす・・・、なんて言われて数十年前まで教会でこうした音楽の演奏は禁じられていたらしい。
私の楽器に悪魔は宿っていないはずだけど。ええ、手にして以来完全に楽器に踊らされているのはマチガイないです。

ニッケルハルパ

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Columnist Profile
本田倫子さん
福岡県出身、奈良県在住。ニッケルハルパ奏者。
スウェーデン各地の伝承音楽を多くの著名プレーヤーから学ぶ。 2006年、国立民族音楽センターでもあるEric Sahlström Institutet、ニッケルハルパ演奏課に留学。また、エスビョン・ホグマルク氏より楽器の伝統等について学ぶ。 Zornmärketにて、2007年、2008年参加。それぞれディプロム賞、銅メダルを獲得。 ソロやスウェーデンとノルウェイの音楽を演奏するデュオ、“fiss”にて活動。


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