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スウェーデンコラム「瑞筆」

第5回 刻む/本田倫子さん

4月も下旬になると紫色のユリ科の花が一気に咲く。これはウップランド地方のシンボル花とされているkungsängsliljor※1という花だ。
春の日差しを感じながら、週末、グーグー寝ていたら携帯がなった。ディスプレイを見るとエスビョンからだ。寝ていたと思われないように頭を思いっきりぶんぶんと振ってから、電話を取った。
「ヘイヘイ!(こんにちは)」
するとエスビョン「今から楽器作りに来る?…ひょっとして寝てた?」
やっぱりバレたか。「すぐ行くから!」と支度をして自転車にまたがった。

私は週末になるとニッケルハルパ製作の第一人者であるエスビョン・ホグマーク氏(Esbjörn Hogmark)から個人的に楽器の製作を学んでいた。暖かくなる頃には自転車で通いやすくなりどんどん作業を進めていた。エスビョンの自宅は100年以上も前のもので自分でリフォームしながら住んでいて味わいのある家だ。大きな笑顔の奥さん、二人の元気な子供たち、そして人懐っこさとは裏腹に凶暴な爪を隠し持っている猫がいつも温かく迎えてくれた。おかげで私にとって第二のふるさとのような場所だ。

製作を学ぶと言っても恥ずかしながら私はリンゴの皮すら剥けない。そんな私がナイフで木を削れる?と尋ねると、「イエース!何でも慣れだよ」と前向きなエスビョン。
じゃあ、頑張る!と意気込んだものの、初日から「これは無理かも…」と凹んでしまった。
早速とりかかったパーツの木が硬い!弦を巻き取るペグの部分で、これはメープルを使用する。フランスなど国によっては柔らかいそうだが、スウェーデンのわずかな日照で根気強くじわじわと育ったメープルはとてもとても硬い。これをナイフで削るには、怪我を恐れず力を込める度胸がいる。エスビョンはエルク※2の厚い皮を保護用に胸にあて、その皮に木の先をあて固定して削る。いやいや、こんなことが初日から出来たらリンゴの皮はとっくにむけている。(そんな私が指を怪我する日はすぐにやってきた)

エスビョンの器用な手先にはいつも感心する。ニッケルハルパの一番複雑で時間もかかる鍵盤部分を1、2、3、ジャジャーン!とあっという間に1本作ってしまう。計算されたシャープなエッジが残り宝石のように美しい。ニッケルハルパの美しさについて、プラスチックのようにツルツルした表面ではなく、バイオリンのような完璧な美しさでもなく、削った跡や温かみがあり木目が活きた工芸品のような美でありたいとエスビョンは言う。

PH
鍵盤

そんなエスビョンは実は日本のものづくり現場に詳しく、「kaizen(改善)」などよく口にしていた。そして「改善するためにどう改善するべきか」が口癖だった。いつもの手順をいつもの通りにせず一度考える。これがエスビョンがトップの座であり続ける秘訣なのかもしれない。

ナイフ使いの器用さとは関係のない部分もある。ヘッド部分のデザインだ。ここは構造と関係がないので自由にデザインできる。エスビョンのデザインは、中央が美しい流線を描いてくりぬいてあり、そしてヴィクトリア王女にニッケルハルパを献上した時から先端を王冠のように刻んでいる。 いいなぁ、私もあのクラウンが欲しい。いかん、いかん。人のデザインを盗ってはならぬ。と言いつつも結局エスビョンと似たデザインとなった。が、特別に桜を刻むことにした。

製作過程で私が一番印象的だったのが塗装だ。
まず本体の表板に薄く赤茶色を塗る。次に黄色を重ねる。その瞬間、ぱぁっと華やいだゴールドになるのだ。熱々に焼けたトーストの上にとろけるバター、なぜかそんな連想をしてしまった。
色は良い具合に不均一になる。薄い色の箇所は夏の間に成長し柔らかく塗装を吸収する。色濃い部分は逆で、固くあまり塗装を吸わないのだと教えてくれた。そのため木目が色鮮やかに浮き上がる。
色々と話ながら夕飯をごちそうになり、帰る前に再び塗装後の楽器を見てうっとりとため息をついた。するとエスビョン「帰る前にちょっと待って。日が傾いた時の日差しで見ると赤がくっきりとでるよ」と、ぶら下がっていた楽器をつかんでフックからはずすし大きな窓の側に行った。赤とゴールドが絶妙に混ざり合って外からの光に輝きがいっそう増す。再びため息。

PH
塗装

帰りは自転車なので暗くなる前にといつも慌てる。エスビョン宅から寮まで7km。まず野原をしばらく進むと中世の石組みの教会と湖が左手に見える。その先を左折し、また野原。この辺りで青白い薄暗さになるとこの先はもっと暗い。明るいうちに帰りたい理由の「森」がここからはじまるのだ。見上げるほどの高さの木々の中をアップアンドダウンしながら続く細いクネクネ道。この森を抜けてしまうまで街灯は無い。家もない。日当たりも悪い。雪も解けずに残ったままだ。この道に差し掛かると一気に夜になったように感じる。
周囲には木以外に何一つ無く大きさを比べる対象が無い。見上げる高さの木に囲まれると、自分が小人になっておとぎの世界に迷いこんだような気がしてくるのだ。ドキドキしながら最後の坂をびゅーんと降りると、野原と街灯が見えてくる。さらに進むと赤い伝統的な家の集落が見えてくる。見慣れた景色。寮に到着。ただいま!

※1…フリティラリア・メレアグリス。スウェーデン、ウプサラに1600年代に始まった植物園がある。後にこの花のことを尋ねられた植物学者リンネ(スウェーデン語では「リネア」に近い発音)によってこの植物園から周辺に広がったと分かったのだとか。
※2…オオジカ。英語ではムース。シカの一種。

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Columnist Profile
本田倫子さん
福岡県出身、奈良県在住。ニッケルハルパ奏者。
スウェーデン各地の伝承音楽を多くの著名プレーヤーから学ぶ。 2006年、国立民族音楽センターでもあるEric Sahlström Institutet、ニッケルハルパ演奏課に留学。また、エスビョン・ホグマルク氏より楽器の伝統等について学ぶ。 Zornmärketにて、2007年、2008年参加。それぞれディプロム賞、銅メダルを獲得。 ソロやスウェーデンとノルウェイの音楽を演奏するデュオ、“fiss”にて活動。


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