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スウェーデンコラム「瑞筆」

第5回 方言/遠藤能範さん

 「教科書みたいにきれいな話し方するがいねぇ。」
 バイト先の同僚の口からこぼれたせりふが、心からのほめ言葉であることはひしひし伝わってきた。声に憧憬を孕んでいたからだ。そうとわかりつつも、ぼくは軽く背筋をえぐられる思いがした。
 4年間の学生生活をぼくは富山県の高岡で営んだが、高岡弁がぼくの口に痕跡を残すことは全くなかった。真似ごとくらいはできるかもしれないけれど、しようとしたことがほとんどない。代わりにぼくは、土地の人が話す生粋の土地の言葉を密かに鑑賞した。そして密かに美しいと思った。
 父の転勤で茨城から東京に越したのは3歳のとき。以来山の手の真ん中で育ってしまったから、ぼくに訛りは無縁だった。すでに小学生だった二人の兄は当初「いなかっぺ」というあだ名がついたらしい。当人たちには苦難であったろうが、ほのかにうらやましくも思う。
 根っからの東京人にもなり切れないぼくの口調は、まさに標準語にしかなりえなかった。

 北欧三国の言葉は半ば方言のような関係と言える。フィンランド語は語族さえ違うのでここで言う三国とはスウェーデン、ノルウェー、デンマークである。ちなみにアイスランド人はヴァイキングの末裔だからその言語は言わば親戚、特にノルウェー語に近いらしいのだけれど、千年も前に枝分かれしたので方言に例えるには無理がある。実際、スウェーデンの友人たちに訊くとアイスランド語はほとんど理解できないと答える。
 「スウェーデン語を関東の言葉とすると、ノルウェー語は関西弁、デンマーク語は鹿児島弁のような感じ」。これはとあるスウェーデン人による解説だ。渡端前にお世話になった方で、日本人女性と結婚し、当時すでに十数年間日本に住んでいた。ブロンドの髪がうそっぽく感じられるほどに日本語を使いこなし、さらにはNHKラジオで中国語と韓国語を学んでいたほどの人ある。そんな彼の言うことだから、信憑性のある比喩に違いない。
 スウェーデンを関東に例えたのは、彼が関東の人と関東で暮らしていたからかもしれないし、東西南の地理的関係に照らし合わせたとも考えられるのだが、耳に慣れてくると実際それぞれの言語の持っている雰囲気が似ているような気もしてくる。例えば、スウェーデン人にとってはデンマーク語の喉を鳴らすような発音は不明瞭で難解だし、ノルウェー語はまるで陽気に謡い上げているかのように耳に入ってくるのに対し、逆に彼らにはスウェーデン語が口先だけの発音で幾分すかした感じに聞こえるらしい。
 「日本人にとってスウェーデン語はそんなに難しくんじゃない?どちらの言語も口の先の方だけで発音するから」。日本の童謡を歌って聞かせてくれた後にそう言ったのは、日本に半年ほどの滞在経験を持つスウェーデン人女性だった。恐らくデンマーク語との比較に基づいた感想だろう。ところで、デンマークの子供は言葉の発達が比較的遅いという研究データがあると言うのだから、本来は当人たちにとっても難解なのかもしれない。鹿児島出身の友人曰く、「鹿児島弁は江戸時代に他藩のスパイに聞き取られにくいようにわざと難解にされた」らしいのだが、デンマーク語はどうなのだろうか。
 あるデンマークの友人はスウェーデン語が話せるのだが、それでもやはりぼくには聞き取りにくいことが多々ある。彼は笑って言う。「スウェーデン人とスウェーデン語で話していると、それにもかかわらず『デンマーク語はやっぱり難しいね』と言われるんだ」。
 英語で会話するスウェーデン人とデンマーク人のカップルもいた。誤解や聞きなおしを重ねるよりは会話がスムーズなのかもしれない。この点スウェーデンとノルウェーのカップルは英語を挟む必要はなさそうだ。同じような単語で全く違う意味だったりすることはままあるので、多少の誤解はいたし方あるまいが、実際ぼくなんかがノルウェーを旅してもデンマークほどには困らない。ちなみにノルウェー語とデンマーク語は文語において近似しているらしいのだが、これはノルウェーが長い間デンマークの統治下にあったためで、19世紀半ばにはそれ以前のノルウェー語を取り戻そうとする運動が起こり、今でもその流れは残っているとのことだ。

 当然のことながら国内には正真正銘の方言がある。スウェーデンは国土も広いのでその差もまあまあ大きい。
全国各地から人が集まる学校では自然と方言の話題が時々持ち上がるものだった。ストックホルムの言葉はどこか硬質なのに対し、西の大都市ヨーテボリィの方言はノルウェー語的な軽快な抑揚があり、南端のスコーネ弁はデンマーク語的な奥行きのある響きを含有する。この国でも首都の言葉がほぼ標準語とみなされるので、何かと目の敵にされもするらしい。
 北は東北弁っぽいかというとそうでもない。寒さが省エネを促し、あまり口を動かさない発音と短めの単語で会話するところは共通しているかもしれないが、日本人のぼくには北の人の発音が最も耳になじみやすかったりもする。ちなみに、どことなく東北弁を彷彿とさせるのはバルト海に浮かぶ島、ゴットランドの方言である。それからスウェーデン系フィンランド人の話すスウェーデン語も正にフィンランド訛りで独特だ。

 スウェーデン生活も6年を過ぎたある日、初対面のヨーテボリィ人に名前を覚えてもらえず、「スモーランド弁を話す日本人」と呼ばれたことがある。留学初年度に通った語学学校がスモーランドにあったし、当時住んでいたのも同じ地方だったので、少なからずその影響は受けていたとは思うが、きっと喋りなれた自己紹介のくだりがうまい具合にそう聞こえたのだろう。本当のところ、ぼくのは相変わらず外国訛りに違いない。時折不意に沸きあがる自分の外国弁ぶりの認識は、ぼくをひどく落胆させる。
 けれども、いやだからこそ、そのときは「流暢なスウェーデン語云々」というようなお世辞を頂戴するのとは違う、背筋が暖かくなるような喜びを感じたのだった。

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Columnist Profile
遠藤能範さん
茨城県出身。木工家具職人。
国立高岡短期大学産業造形学科木材工芸専攻及び同大学専攻科産業造形専攻において木材工芸の基礎を学び、特に家具指物(※1)に興味を持つ。1999年に渡端し、造形学校Capellagården(カペラゴーデン)家具指物科にて同分野の技能を深める。三年間の学業の修了とともにスウェーデンマイスター制度におけるgesäll(職人)資格を取得。
卒業後、家具工房WORKS.に勤務し、家具指物マイスターPeter Hellqvist氏に師事。この間半年程パイプオルガン工房Akerman & Lund orgelbyggeri ABに出向する。また、その後は家具製作会社AB Karl Andersson & Sonerに勤務、伝統ある良質量産家具の生産現場で家具職人としての修行を重ね、2006年末に帰国。現在家具工房設立の可能性を模索中。
参加展覧会として、ストックホルム国際家具見本市内カペラゴーデン展覧会の他、「Carl Malmsten med efterföljare」(カール・マルムステンと後継者達展)がある。

※1 木質部材に接合するための仕掛けを施し、組み立ててできた物品。またはその技法。


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